憲法「社会権」
ここは、憲法「社会権」を講義している教室です。
社会権とは,20世紀になって,資本主義の矛盾を解消するための社会国家・福祉国家の理念に基づき主張された権利で,社会的・経済的弱者の保護を保障する人権です。
この社会権は,20世紀頃から主張された人権なので,20世紀的権利と呼ばれたり,また,国家に対して「最低限度の生活をさせてくれ!」と求める権利ということで,「国家による自由」と呼ばれたりします。
このような社会権ですが,日本国憲法では,生存権,教育を受ける権利,勤労の権利,労働基本権という権利を保障しています。
それでは,それらを1つずつ見ていきましょう。
1.生存権
この生存権は,憲法25条に定められている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」のことをいいます。
まず,25条1項を見てください。
第25条第1項
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国民が,人間的な生活を送ることができることを保障したものだということが分かりますね。
そして,これを踏まえて第2項が定められています。
第25条第2項
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
このように,国民が人間的な生活を送ることができるよう,国に努力する義務を課している条文です。
この条文を受けて,生活保護法や,国民年金法などの法律が制定されています。
さて,この25条1項の生存権ですが,例えば,Bさんは,病気で働くことができなくなったとします。
貯金も底をつき,家賃も滞納し,ガスや電気も止められてしましました。
もうこれ以上生活が出来なくなったため,
「憲法25条1項に基づき,私に人間的な生活ができるよう保護してくれ!」
と主張しようと思ったのですが,こういうことができるか?,が問題となります。
この点につき,朝日訴訟と呼ばれる判例で,裁判所は「25条1項は,すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり,直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない」と判示しました(最大判昭和42.5.24)。
つまり,25条1項は,国に「国民が人間的な生活ができるよう国を運営せよ」と宣言しているだけで,25条1項に基づき「保護してくれ!」と請求はできない,ということです。
この考え方を,プログラム規定説といいます。
ただ,25条1項は確かに抽象的なので,これに基づいて権利を主張することは難しいにしても,25条1項を法的権利とみることは可能ではないかとの主張があります。これを抽象的権利説といいます。
また,学習が進んだら,いろいろ調べてみるのも面白いですよ。
【図表1:25条1項の性質】
2.教育を受ける権利
この権利は,26条に定められています。
第26条第1項
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。これに対応して2項で,子どもに教育を受けさせる義務が定められています。
第26条第2項
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。いわゆる義務教育ですね。親や親権者などの保護者は,その子どもに,教育を受けさせる義務が課されています。
さて,この26条の条文を読むポイントとしては,教育を受ける権利を定めた1項は,「教育」を受ける権利,という文言が使われているのに対して,
教育を受けさせる義務を定めた2項は,「普通教育」を受けさせる義務,という文言が使われている点です。
「普通」という語が入っているかいないかの違いに注意しておいてください。
あと,2項後段の「義務教育は,これを無償とする」の無償とは,「授業料が無償」という意味であるとするのが判例の立場です(最大判昭和39.2.26)。
3.勤労の権利
勤労の権利については,憲法27条に定められています。まずは1項から見ていきましょう。
第27条第1項
すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
このように,勤労の権利を定めるとともに,勤労が国民の義務であることを定めています。
ちなみに,勤労の義務といっても,国が国民に強制労働させることができるという意味ではありません。
では次は,2項です。
第27条第2項
賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
この条文では,勤労の条件は法律で定めることとしています。
これを受けて,労働基準法などの法律が定められて,労働者の保護を図っています。
最後に,3項です。
第27条第3項
児童は、これを酷使してはならない。児童の酷使の害悪の大きさから,特に項を1つ設けて定められています。
4.労働基本権
社会権の最後は、労働基本権です。
労働契約では,労働者と使用者が対等の立場で結ぶのが原則ですが,この原則を貫くと,どうしても立場上強い位置にいる使用者に有利で,労働者に不利な労働契約が結ばれてしまいます。
そこで,労働者と使用者が対等の立場になるため,労働者が団結して使用者と話し合う権利が主張されるようになりました。
そのような背景から,日本国憲法でも,労働者の団結する権利などを保障しています。
では,次の憲法28条を見てください。
第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。この条文では、労働者の、団結する権利(団結権)、団体で交渉する権利(団体交渉権)、団体で行動する権利(団体行動権または争議権)が定められています。
団結権とは,使用者と対等に交渉ができる団体を作る権利のことです。
団体交渉権とは,労働者が団結して,使用者と労働条件について話し合い,交渉する権利のことです。
そして,団体行動権とは,労働者の団体が,労働条件を実現するために団体で行動する権利のことで,ストライキ(仕事をしないこと)を起こすなどの争議権が中心となります。
これら労働者の3つの権利を労働基本権または労働三権といいます。
次の図表2でイメージを確認してください。
【図表2:労働基本権のイメージ】
(1)労働基本権の制限
この労働基本権は,社会的な影響が大きいので,制限される可能性も大きくなります。
しかし,労働基本権は労働者が生活していくための権利であるため,むやみに制限されてしまうと,労働者は生きていけなくなります。
そこで,労働基本権の制限が憲法上許されるかどうかは,二重の基準論でいう精神的自由と経済的自由の間くらいの厳しさで審査するべきと考えられています。
具体的には,LRA(less restrictive alternatives の略)の基準によるのが妥当だと考えられています。
このLRAの基準とは,より制限的でない他の選びうる手段の基準と呼ばれているものです。
次の図表3を見てください。
【図表3:LRAの基準】
図のように,Bさんの人権がやむを得ず制限されています。この制限の方法を人権制限Pとします。
LRAの基準とは,この人権制限Pが憲法違反かどうかは,他にもっと緩やかな制限があるかないかで決めようというものです。
他に制限の方法Qがあって,Pの方がQよりも緩やかなら,言い換えるとPの他に,もっと緩やかな制限の方法がない場合,制限Pは憲法違反ではない(合憲),と判断します。
反対に,PよりもQの方が緩やかな制限の場合,言い換えるとPの他に,もっと緩やかな制限の方法がある場合,制限Pは憲法違反である,と判断します。
より緩やかな制限Qがあるのに,なんで厳しい制限Pを選ぶの?おかしいでしょ?Qを選びなさいよ,ということですね。
これがLRAの基準と呼ばれるものです。
(2)公務員の労働基本権
労働基本権の制限で,よく問題になるのは公務員の労働基本権の制限です。
まず,警察職員や消防職員などは,労働三権のすべてが否定されています。
そして,非現業と呼ばれる一般の公務員は,団体交渉権と争議権が否定されています。
最後に,郵便などの現業の公務員は,争議権が否定されています。
この公務員の労働基本権の制限についての判例の立場は,昭和40年代に変化がありまして,
全逓東京中郵判決(最大判昭和41.10.26)では,労働基本権の制限について厳格な条件を示し,できるだけ制限されないような方向に向いていましたが,
全農林警職法事件(最大判昭和48.4.25)では,公務員の労働基本権の制限を大きく許す方向へと変化しています。
つまり,公務員の人にとっては,厳しい方へと変化していきました。
ちなみに,全逓とは,全逓信労働組合の略で,郵政関係の公務員が加入する労働組合のことです。
現在は,郵政民営化に伴い,日本郵政グループ労働組合となっています。
あと,「中郵」は中央郵便局の略です。
(終わり)
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