憲法「人身の自由」
ここは、憲法「人身の自由」を講義している教室です。
今回は,基本的人権の自由権の1つである人身の自由について説明しますね。
この人身の自由では、判例ももちろん大切なのですが、条文の知識を問う問題が、条文をしっかり読み込んでいる方でも意外と得点しにくい傾向があります。
その点を講義の中で明らかにしていきますので、注意を傾けてみてください。
1.奴隷的拘束からの自由
では、次の条文を見てください。
第18条
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。よく読み込まれましたか?
「意に反する苦役」とは、本人がイヤだと言っているのに、無理やり働かされる、というようなイメージを持っておけば良いですね。
それでは問題です。次の文は正しいでしょうか?
「殺人を犯した者に対して、その意に反して奴隷的拘束を行ったとしても、ただちに違憲とはならない」
さあ、どうでしょう?
人身の自由に関する条文は、このようにややこしい問題が作れてしまうんですね。
だから、「こんな問題を作られたらヤだな」という問題を想定しながら条文を読み込む必要があります。
さて、さきほどの問題は、「誤っている」が答えです。
奴隷的拘束は、たとえ犯罪による処罰の場合でも、行うことはできません。
犯罪による処罰の場合に許されるのは、「意に反する苦役」です。懲役刑がこれに当たりますね。
2.適正手続き
次に適正手続きの保障についてです。次の条文を見てください。
第31条
何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
これは、アメリカ合衆国憲法の人権宣言の1つの柱と言われている「法の適正な手続き(due process of law)」に由来するものです。
この条文では、国家が刑罰を科すためには、法律が定める刑事手続きによらなければならないことを定めているだけのように思えますが、
・手続きが法律で定められていること
・手続きが適正であること
・実体も法律で定められていること(罪刑法定主義)
・実体法も適正であること
も含まれていると考えられています。まとめると,次の図表1のようになります。
【図表1:適正手続きの保障】
これを踏まえて、実体法としては刑法などが、手続法としては刑事訴訟法などが、定められています。
ちなみに、罪刑法定主義とは、犯罪と、それに対する刑罰は、法律で定められなければならないとする考え方のことです。
さて、この適正手続は、条文の言葉からは、刑事手続きについてのみ保障しているように見えますが、行政の手続きについては保障されないのでしょうか?
これについて、成田新法事件(最大判平成4.7.1)で裁判所は、行政手続が刑事手続でないとの理由のみで、当然に31条の保障の枠外にあると判断すべきではない、として、行政手続にも保障が及ぶことを判示しています。
ただ、行政手続は、刑事手続とは性質が異なるし、多種多様なので、必ず常に適正手続きが必要というわけではないとも述べています。
それでは,成田新法事件をまとめておきましょう。
【争点】
憲法31条の適正手続きの保障は,行政手続きにも保障は及ぶか?
【結論】
憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではない。
3.被疑者と被告人
次は,被疑者や被告人の人権について説明していくのですが,憲法の内容に入る前に、基礎用語を確認しておきましょう。
例えば、P書店で万引きが発生したとします。
P書店は警察に通報し、捜査が開始されました。
で、防犯ビデオを解析して、どうもXが犯人である可能性が出てきました。
ここで、実際に犯罪を犯した人を犯人と呼ぶのは当然として、今、Xは警察から犯人かも知れないと疑われているだけで、犯人と確定していませんよね。
今のXのように、犯人と疑われ、捜査の対象となっている人のことを被疑者と呼びます。
マスコミ等では、被疑者のことを容疑者といいますね。被疑者は法律用語で、容疑者は世間一般の用語です。
さて、先ほどの続きで、証拠をかためた警察はXを逮捕し、取り調べをした結果、犯人であると確信したため、検察官が刑事裁判にかけることにしました。これを公訴の提起といいます。
ここで、公訴の提起がされると、刑事裁判手続が始まり、裁判が確定するまで、Xは被告人と呼ばれるようになります。
このように、犯人と疑われ、公訴の提起がなされるまでを被疑者、公訴の提起から裁判が確定するまでを被告人と呼びます。
次の図表2を見てください。
【図表2:被疑者と被告人】
被疑者と被告人の用語の意味を理解できたでしょうか?
憲法では、被疑者の人権と被告人の人権との2つを定めています。
ですので、
「この人権は、被疑者の人権?それとも被告人の人権?」
ということを、必ず頭の中で確認して、知識を整理していってくださいね。
ちなみに、刑事裁判では被告人、民事裁判では被告ですので。「人」が付くか付かないかの違いがありますよ。
4.被疑者の権利
それでは、被疑者の権利を見ていきましょう。
(1)不法な逮捕からの自由
では、次の33条を見てください。
ちなみに、司法官憲とは、裁判所のことです。
第33条
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
被疑者を逮捕するためには、原則として、裁判所が発行する逮捕令状などの令状が必要であることが定められています。これを令状主義といいます。
ただし、現行犯逮捕の場合は、令状がなくても逮捕できます。
ちなみに、逮捕令状とは、刑事サスペンスドラマなどで、刑事さんが被疑者を逮捕するときに、バーンと紙を広げて見せているアレです(笑)。
(2)不法な抑留・拘禁からの自由
では、次の34条を見てください。
抑留とは一時的な身柄の拘束を、拘禁は継続的な身柄の拘束のことをいいます。
第34条
何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。では、抑留と拘禁とを分けて整理しますね。
まず、抑留する場合は、
・理由が直ちに告げられること。つまり、なぜ身柄を拘束するのかの理由を教えてもらうこと。
・直ちに弁護人に依頼する権利が与えられること。
の2つが保障されています。
次に、拘禁の場合は、
・理由が直ちに告げられること。
・直ちに弁護人に依頼する権利が与えられること。
という抑留の場合に認められる権利と,さらに
・正当な理由が必要であること。
・要求すると、その理由は本人と弁護人が出席する公開法廷で示されること。
が保障されています。
これ、2つに分けて整理しておかないと、例えばこのような問題に対応できません。
問題:抑留又は拘禁する場合は正当な理由が必要で、要求があればその理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
この文は誤りですが、どこが誤っているか分かりますか?
知識が整理されていると、すぐに分かるようになりますよ。
(3)住居等の不可侵
では、次の35条を見てください。
第35条
第1項何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
第2項
捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
この条文では、たとえ警察が犯罪捜査に必要だといえども、勝手に住居に侵入されたり、証拠書類として押収されたりしない権利を保障しています。
ただし例外が2つあります。
1つは、裁判所が発する令状がある場合です。
もう1つは、第33条の場合です。
この33条の場合とは、現行犯であるかどうかを問わず、適法に逮捕する場合と考えられています。
そして,適法に逮捕する場合とは,逮捕令状は無いけど現行犯逮捕する場合と,逮捕令状が有っての通常の逮捕の場合のことです。
ということは,警察官は、逮捕令状は無いけど現行犯逮捕する場合は、物品の押収令状がなくても住居に侵入したり物品の押収ができますし,
また,逮捕令状が有って通常の逮捕する場合も,物品の押収令状がなくても住居に侵入したり物品の押収ができる,ということです。
この条文もややこしいですね。
それでは,ややこしい問題例を挙げておきますね。次の問題文は正しいでしょうか?
問題:日本国憲法上,現行犯逮捕の場合でも、被疑者の住居に侵入するには、その旨の令状が必要である。
さあ、どうでしょう?
この文は誤りなのですが、なぜ誤りかわかりますか?
令状主義の例外を、よーーーーく読んで理解してくださいね。
5.被告人の権利
では次に,被告人の権利についてです。
(1)公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利
後々にまた学びますが,日本国憲法では,32条や82条で,裁判を受ける権利と裁判の公開原則について定めていますが,今日学ぶ被告人の権利として,それに加えてさらに公平・迅速・公開の要件が定められています。
次の37条1項を見てください。
第37条第1項
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。まず,公平な裁判所とは,判例で「構成その他において偏頗のおそれなき裁判所」(最大判昭和23.5.5)とされています。
次に,迅速な裁判の保障について,最高裁判所は,高田事件判決で「審理の著しい遅延(約15年にわたって審理が中断していた)の結果,被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には,これに対処すべき具体的規定がなくとも,37条によって審理を打ち切るという非常救済手段が許される」として,被告人に免訴を言い渡しました(最大判昭和47.12.20)。
そして,公開裁判についてですが,その対審と判決が公開の法廷で行われることだと考えられています。
「判決」は分かると思います。
裁判官が「判決を言い渡す。主文,被告人を懲役2年に処する」と言っている場面です。
「対審」が分かりにくいかと思いますが,これは,刑事訴訟手続きでいう公判のことで,裁判官の前で,検察官と被告人の弁護人が繰り広げるやり取りの場面を思い浮かべていただけたらと思います。あれが対審です。
(2)証人審問権,証人喚問権
次は,証人審問権と証人喚問権についてです。
第37条第2項
刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
審問とは,詳しく問いただすことで,被告人は,証人に対して,詳しく問いただす機会を十分に与えられることが保障されています。
また,喚問とは,呼び出して問いただすことで,被告人は,証人を強制的に呼び出す権利が保障されています。
(3)弁護人依頼権
次は,弁護人を依頼する権利についてです。
第37条第3項
刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。被告人は,資格を有する弁護人を依頼する権利が保障されていて,自ら依頼できないときは,国が弁護人をつけてくれる(国選弁護人)ということが定められています。
ここで,さっき被疑者の権利として弁護人を依頼する権利を見ましたが,憶えていますか?
憲法34条に定められているのでした。
ではここで,言葉尻を取ったいやがらせ問題をみてみましょう。正しいか誤っているか,考えてみてください。
問題:被疑者は,資格を有する弁護人を依頼する権利があることが日本国憲法の条文で明記されている。
どうでしょうか?
いや~な条文問題ですね。
被疑者の権利としての,弁護人依頼権は,34条で「直ちに弁護人に依頼する権利」と書かれています。
それに対して,被告人の権利としての,弁護人依頼権は,37条3項で「資格を有する弁護人を依頼することができる」と書かれています。
つまり,「資格を有する」弁護人を依頼する権利は,被告人の権利として書かれているのであって,被疑者の権利としては書かれていない,ということです。
ですので,この問題の答えは,誤りです。
(4)自己負罪の拒否
では憲法38条1項の条文を見てみましょう。
第38条第1項
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
これは,被告人自身にとって不利になることは話さなくても良い,そして黙っていたことが原因で罪が重くなったりしない,ということが保障されたものです。
難しい言い方をすると,自己負罪の拒否が保障されている,という言い方になります。
いわゆる刑事訴訟法でいう黙秘権ですね。
この黙秘権は,刑事訴訟法で,被疑者・被告人に保障しています。
(5)自白
自白とは,自らが罪を認めることをいいますが,憲法では,自白についても定めています。
第38条第2項
強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
これは,強制的に行わされた自白や,拷問・脅迫されて行った自白は,犯罪の証拠とすることができないし,
また,不当に長く身柄を拘束された後の自白も,証拠とすることができないことを定めています。
これによって,犯罪を犯していない人が,警察の取り調べで
「おらぁ!!お前がやったんやろ!!さっさと吐けこらぁ!」
と脅迫されて,
「すみません,私がやりました・・・」
と,やってもいない犯罪を自白する,なんてことをなくそうとしています。
(6)事後法の禁止
まず,39条の前段の一部を見てください。
39条前段
何人も、実行の時に適法であつた行為(中略)については、刑事上の責任を問はれない。
例えば,2013年10月1日に,
「法律を勉強した者は,死刑に処する」
という,法律学習禁止法が定められたとします。
この法律は,2013年10月1日以降に適用されるのであって,例えば2013年の9月1日に,法律を勉強していても,死刑にはならないんです。
過去にさかのぼって法律を適用することはできない,ということですね。
これを,専門用語で,事後法の禁止とか,遡及処罰の禁止といいます。
次の図表3で,イメージを確認してみてください。
【図表3:事後法の禁止】
(7)二重の危険の禁止
これも,まずは39条の前段の残りと,後段を見てください。
39条(残り)
何人も、(中略)既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
例えば,Bさんは万引きをした疑いで逮捕されたとします。
そして,裁判の結果,無罪であることが確定しました。
でも,あきらめ切れない刑事さんは,
「Bよ。やっぱりお前は盗んだはずだ!オレの目に狂いはない!」
なんて言って,また逮捕されたら,Bさんとしたらたまったもんじゃありません。
この例のように,すでに無罪となったことについて,また蒸し返して刑事上の責任を問うことが起こらないようにする条文です。
この条文の後半部分の意味は,例えばCさんが万引きを1回したため,逮捕されて5万円の罰金刑を受けたとします。
しかしその後,「やっぱりもう一回罰金刑を科す!」と言われ,また罰金刑を受けた,というようなことをしてはならない,ということを定めたものです。
つまり,1回の犯罪に,2回も3回も繰り返し刑罰を科してはいけない,ということを定めたものです。
このような考え方を,英米法系では二重の危険の禁止といい,大陸法系では一事不再理の原則といいます。
ちなみに,この二重の危険の禁止と一事不再理は,厳密には違いがあるんですが,この39条は定めがあいまいなので,どちらを意味しているかは定かではありません。
ですので,この条文は,英米法系での二重の危険の禁止,大陸法系での一事不再理の原則を表しているんだなあ,というくらいの理解でよいでしょう。
(8)拷問・残虐刑の禁止
最後に,36条です。
第36条
公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
これは,文章通りですね。
拷問や,残虐な刑罰は,絶対に禁止する規定です。
「絶対に」禁止なので,公共の福祉のため,例外的に拷問が認められる,なんてことはありません。
以上,人身の自由では,たくさんのことを学んできましたが,まずは条文をしっかりと読み込んで,理解がすすんだら判例に当たってみてくださいね。
(終わり)
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