行政法「国家賠償法」
ここは、行政法「国家賠償法」を講義している教室です。
1.国家賠償制度の全体像
(1)国家賠償制度の意義
前回までみてきたように、違法な行政の活動に文句がある場合、私たちは行政不服申し立てや行政事件訴訟を提起して、被害から救済してもらうことができるのでした。
でも、この制度では救われない場合があります。
例えば、行政庁Aが一般の人Bさんに、違法に「税金を支払え!」と課税処分をしてきたとします。
そして、あれよあれよという間に強制執行され、Bさんの土地と建物が競売され、他の人Cさんの手に渡ってしまいました。
こうなってしまっては、もはや課税処分を取り消してもらったとしても、Bさんの財産は戻ってこないので救われません。
このBさんを救うためには、処分の取り消しではなくて、
「Bさんごめんなさい。お詫びにお金3000万円をお渡しします」
と、行政にお詫びのお金を支払わせる方が、まだ救われます。
このように、違法な行政活動によって損害を受けた人に、お詫びのお金を渡すことによって救う制度、これが国家賠償の制度です。
(2)国家賠償法
国家賠償制度の基本的な法律として、国家賠償法があります。
この法律は、国や公共団体の損害賠償について広く適用される法律ですが、たった6条しかありません。
「やったぁ!ラッキー♪」
と思われた方、残念ながらそう甘くはないんです。
国家賠償法の4条に、この法律に定めがないものは、民法を適用すると書かれているんです。
つまり、国家賠償法をちゃんと理解しようとするなら、民法の理解が必要になります。
「ウゲっ!民法かぁ・・・」
そう肩を落とす必要もないですよ。
行政書士試験や公務員試験の対策としては、出題されるテーマ、特に判例をしっかりと覚えておけば、得点できるようになりますから。
試験対策は、立てやすい科目なんです。
ですので、この入門講義で大まかなことを理解したら、あとはしっかりと判例集などに当たり、判例の知識を身に付けておきましょう。
2.公権力の行使に基づく損害の賠償責任(1条責任)
それでは,国家賠償法の内容を見ていきましょう。
国家賠償法では,大きく2つの損害賠償について定めています。
1つは,第1条で定められている「公権力の行使に基づく損害の賠償責任」で,1条で定められていることから,通称「1条責任」とも呼ばれているもので,
もう1つは,第2条で定められている「公の営造物の設置または管理の瑕疵に基づく損害の賠償責任」で,通称「2条責任」と呼ばれるものです。
それでは、1条責任から見ていきましょう。次の国家賠償法1条1項を見てください。
第1条第1項
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
この条文では、例えば、警察官Aが、拳銃を使う必要がないのに拳銃を打ったため、Bさんに流れ弾が当たり怪我をしたとします。
このようなとき、Bさんは
「かかった治療費を賠償しろ!」
と、国や公共団体(この例なら東京都などの都道府県)に請求出来ることが定められているのです。
この賠償責任が「公権力の行使に基づく損害の賠償責任(1条責任)」と呼ばれるものです。
次の図表1でイメージを作ってみてください。
【図表1:1条責任のイメージ】
(1)賠償責任を負う主体
さて,この1条責任の特徴は、先ほどの図表1の例でしたら、賠償責任は、公務員の警察官Aが負うのではなく、違法行為をした公務員が所属する国や公共団体が負うという点です。
これは、例えばBさんの治療費が500万円かかったとします。
それを警察官Aに請求したとしても、Aに貯金も財産もなかったらどうでしょう?
Bさんは500万円をもらえず、裁判に勝っても泣き寝入りするしかありません。
反対に、国や公共団体なら、確実に500万円を支払ってもらえますよね。
このように、被害者の救済を確実にするため、賠償責任を、公務員ではなく国や公共団体に負わせているのです。
また、行政側からみても、この方が都合が良いと言えます。
もし公務員に賠償責任を負わせると、公務員が怖がって危ない仕事をしなくなります。
さっきの例なら、犯人を捕まえるため必要があっても、拳銃を打たなかったり、犯人を追跡するのにパトカーのスピードを出さなかったりするようになってしまいます。
そうなると、行政の運営が上手くいかなくなってしまうので、公務員に直接の賠償責任を負わせない方が都合が良いと言えるのです。
(2)公権力の行使
この1条責任は、「公権力の行使」についての賠償責任ですが、公権力の行使とはどのような活動をいうのでしょうか。
行政行為や強制執行がこれに当てはまることについては分かると思います。
でも、これだけで、広く被害の救済ができるでしょうか?
では、次の例aと例bを比べて考えてみましょう。
例a
一般の人Bさんは、行政庁Aから「建物を壊せ!」と命令されたので壊したが、その命令は違法だった。
例b
一般の人Bさんは、行政庁Aから「建物を壊した方が良いですよ」とソフトに行政指導されたので壊したが、その指導は違法だった。
さて、1条の「公権力の行使」を、文字通り権力的な行政活動に限ると、例aではBさんは国家賠償できるのに、例bでは出来ないことになります。
どちらの例も、同じような状況でBに損害が発生したのに、命令に従ったら賠償請求できて、指導なら出来ないって変ですよね。
これだと、一般の人は、命令には従うけど行政指導には従わなくなりますし、
反対に行政側は、賠償責任を負わされる命令をせずに,すべて賠償責任を負わされない行政指導で済まそうとするしで、行政活動は大混乱です。
そこで、判例や学説では、この「公権力の行使」の意味を、広くとらえようとしています。
これを広義説と呼んでいて、「公権力の行使とは、全国家活動のうち、私経済的活動を除くすべての公行政活動を含む」と解釈しています。
この解釈でしたら、先ほどの例aだけでなく、例bでも、Bさんは賠償請求できることになります。
以上、1条責任についてみてきましたが、その他のテーマとして、「職務を行う」とは何を意味するか、などがあります。
ここでは触れませんが、学習の理解が進んできたら、判例の考え方を見ていくようにしてくださいね。
3.2条責任
では,次に2条責任について説明していきますね。まずは、次の図表2を見てください。
【図表2:2条責任のイメージ】
例えば、A市の市役所庁舎がありまして、その前の道をBさんが通りがかりました。
その時、この市役所の建物は老朽化が進んでいたため壁の一部がはがれ落ち、運悪くBさんに直撃してしまい、Bさんはけがをしてしまいました。
この場合、A市はBさんに治療費などの損害を賠償しなければなりません。
このように、市役所の建物や道路などの公共の物に問題があったため、一般の人に損害が発生した場合、国や公共団体が損害賠償をする義務を負うという制度が、2条で定められているのです。
これを,「公の営造物の設置または管理の瑕疵に基づく損害の賠償責任(2条責任)」というのです。
では,条文を確認しておきましょう。
第2条第1項
道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。(1)無過失責任
さて,前回学んだ1条責任では,公務員に「故意または過失」があれば賠償責任を負うという過失責任が定められているのでした。
これに対して、この2条責任の大きな特徴は、「故意または過失」がなくても賠償責任を負う、という点です。
これを無過失責任といいます。
これは、判例でも「国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないと解するを相当とする」(最判昭和45.8.20「高知県国道落石事件)とある通りです。
つまり、普通に考えて、それは安全じゃないだろう、と認められれば、国や公共団体に落ち度がなくても賠償請求できる、ということです。
ただ、この判例で出てきた「通常有すべき安全性」については、様々な判例がありますので、学習の理解が進んだら、判例集などに当たってみてください。
(2)営造物
2条責任は、公の「営造物」の瑕疵についての責任ですが、営造物とは何でしょうか?
2条には、道路や河川を例に挙げていますが、その他にも、建物などの施設や設備も入ると言われています。
はたまた学説の中には、警察犬も営造物とするものもあったりで、かなり拡大して解釈されていますね。
以上のように,1条責任と2条責任を見てきました。
おおよそのことが理解できたら,あとはしっかりと判例にあたってください。
その際,その判例では,どのような問題点(争点)について,裁判所はどのような結論を下したのかを整理して憶えていくことが大切ですよ。
(終わり)
→次の行政法「損失補償制度」に進む
←前の行政法「行政事件訴訟法(3)『訴訟要件,執行停止制度』」に戻る
☆入門講義の「行政法」の目次に戻る
☆入門講義の目次に戻る