行政法「行政強制」
ここは、行政法「行政強制」を講義している教室です。
今回は、行政強制についてお話しをしていきます。
1.行政強制の全体像
まず初めに、行政強制の全体像について学びましょう。
行政強制とは、行政が行ういろいろな活動のうち、私たち世間の人々に対して実力行使を行う活動のことをいいます。
例えば、「違法な建物を壊せ!」という行政行為に従わない場合に、行政自らが無理やりその建物を壊したり、また、税金を払わない場合に、差押えをしたりして無理やり払わせたりするような活動のことです。
そして、この行政強制は、行政上の強制執行と、行政上の即時強制の2つに分類されます。
さらに、行政上の強制執行は、代執行、強制徴収、執行罰、直接強制の4つに分類されます。
それぞれについては、後で説明しますので、ここでは次の図表1を使って、大まかに全体像を捉えておいてください。
【図表1:行政強制の全体像】
それでは、行政強制について、もう少し細かいところまでお話しましょう。
2.行政上の強制執行
まずは行政上の強制執行のお話から始めます。
ところで、あなたは学生時代、学校の先生の言うことを、ちゃんと守る方でしたか?
「結構マジメにやってましたよ。」
おっ!素晴らしいですね!
「いやあ、あんまり言うことをきかなかったですね~」
うんうん、これはまあ、若気の至りというのもある,ということで、当時の先生方に許してもらいましょう(^^)
いきなりこんな話をして「何のこっちゃ?」と思われるかも知れませんが、もう少しガマンしてくださいね。
例えば、学校の先生が「教科書の13ページの問題を宿題とします。次回までにやってくるように」と言ったとします。
にもかかわらず、宿題をやらなかったらどうなるでしょう?
たぶん「やってこなきゃダメじゃないか!」と叱られますよね。
そして、叱られても平気で、いっつもいっつも宿題をやらないと、そのうち、放課後学校に居残りさせられて、無理やり宿題をさせられるかも知れませんね。
つまり、学校の先生は、「宿題をせよ」という命令(?!)を守らせるために、放課後、強制的に宿題をさせるということです。
実は、行政も、学校の先生が強制的に宿題をさせるのと、同じような活動をしているのです。前回まで学習していた行政行為を思い出してみてください。
例えば、行政庁のAさんが一般の人であるBさんに「あなたの建物は違法で危険です。すぐに壊しなさい!」と命令したとします。
しかし、Bさんがその命令に従わない場合、行政庁のAは、無理やりその建物を壊してしまうこともあるんです。
このように、行政行為の命令などで、義務付けられたことを守らない人がいる場合、行政は強制的に義務を果たさせようと実力行使をすることがあります。
このような行政の活動を行政上の強制執行というのです。
では、次の図表2で、行政上の強制執行のイメージを確認しておきましょう。
【図表2:行政上の強制執行のイメージ】
そして、この行政上の強制執行には、4種類の方法があります。
ここからは、それらについて1つずつ見ていきましょう。
(1)代執行
1つ目は代執行についてです。
代執行とは、一般の人が義務を果たそうとしない場合、行政などが、義務を果たさない一般の人に代わって、力ずくで義務を果たしたのと同じ状態にすることをいいます。
例えば、さっき行政上の強制執行でお話したように、建物を壊せと命令されたのに壊さない一般人Bに代わって、行政自らが力ずくでその建物を壊し、義務を果たしたのと同じ状態にすることを、代執行というのです。
上の図表2は、代執行を例にしていますので、これを使って代執行のイメージをつかんでみてください。
そして、この代執行については、行政代執行法という法律が定められていますので、この法律に基づいて代執行の手続を進めることになっています。
なお、この代執行は、義務の内容(上の例では建物を壊すこと)が、義務者(上の例ではBさん)以外の人でも行えるものでないと、することはできません。
例えば、「建物を壊す」ことは、一般人B以外の、行政庁Aや行政から頼まれた建設業者Cでも行えますよね。
このような、義務者以外の人でも行えるものでないと、代執行をすることはできないんです。まあ、当然といえば当然の話ですが。
例えば、「医療行為をするな!」という命令を受けたのに無免許で医療行為をする人に対して、「じゃあ代わりに行政庁の私が、医療行為をしないでおきましょう」なんていう代執行をしても、まったく無意味ですからね。
(2)強制徴収
2つ目は、強制徴収についてです。
強制徴収とは、例えば、一般の人Bが税金を支払わない場合に、行政Aが、裁判手続をすることなく、自ら一般人Bの財産を差押えて公売し、その代金から強制的に税金のお金を取り上げることをいいます。
これは、行政が一般の人に対して持っている、お金の債権について行われるものです。
と言っても、法律で認められていない場合は、強制徴収の手続はできませんが。
強制徴収のイメージは、次の図表3の通りです。
【図表3:強制徴収のイメージ】
(3)執行罰
では次に3つ目、執行罰についてです。
執行罰とは、義務者が義務を果たさない場合に、行政が過料を科し、義務者に心理的圧迫を加えることによって、間接的に義務を果たさせようとするものです。
例えば、行政Aが一般人Bに「無免許で医療行為をするな!」と命令したとします。
しかし、Bは、医療行為をやめようとしません。
このような場合に、行政Aは、Bに対して「医療行為をするならば、過料100万円払わせるぞ!払いたくなければ医療行為をやめろ!」と言うことでBに心理的圧迫をかけて、医療行為をやめさせようとすることがあります。
これが、執行罰という強制手段です。
この執行罰について重要なことは、執行罰の目的は、義務を果たさないことに対して制裁を加えるのではなく、あくまで義務を果たさせようとすることです。
つまり、行政は、上の例でいえば、Bに「医療行為をやめさせる」という目的のために、過料を科すのであって、「医療行為をしたことに対して制裁を加える」という目的のために科すのではないということです。
この点、次回に学ぶ行政罰との違いになりますので、しっかりと理解しておきましょう。
では、次の図表4で、執行罰のイメージをつかんでおいてください。
【図表4:執行罰のイメージ】
ちなみにこの執行罰、現行法上の例としては、砂防法36条で定められているものしかないと言われています。
しかもその過料の額は500円以内!
小学生じゃああるまいし、そんな少額で心理的圧迫を与えることができるのでしょうか???
(4)直接強制
最後に4つ目、直接強制についてです。
直接強制とは、義務者が義務を果たさない場合に、直接、義務者の身体などに実力行使をして、直接的に義務を果たさせようとする強制手段のことをいいます。
例えば、行政Aが一般の人Bに対して「あなたは伝染病にかかっていますので、入院しなさい!」と命令したとします。
しかし、一般人Bは、入院しようとしません。
このような場合に、行政Aが、Bの身柄を拘束して、無理やり病院に連れて行って入院させることにより義務を果たさせようとする方法が考えられます。
このような強制手段を、直接強制というのです。
では、次の図表5で、直接強制のイメージをつかんでおいてください。
【図表5:直接強制のイメージ】
ちなみに、この直接強制は、人権を侵害する可能性が非常に高いものですので、例外的にほんの少し、法律で定められているだけです。
以上の4つが、行政上の強制執行です。しっかりとイメージをつかんでおきましょう。
3.行政上の即時強制
次は、行政上の即時強制についてお話します。
行政上の即時強制とは、行政が、緊急の必要のため、行政行為の命令などで一般の人に対して義務付けることをせずに、いきなりその人の身体などに実力行使をすることをいいます。
大事なポイントは、「一般の人に対して、あらかじめ義務付けることをせず」という部分です。
これが、行政上の強制執行との、大きな違いです。
行政上の強制執行の場合は、あらかじめ一般の人に義務付けておいて、その義務が果たされないときに行う実力行使でした。
それに対して行政上の即時強制の場合は、一般の人に対して、あらかじめ義務付けることをせずに、いきなり実力行使をすることをいうのです。
例えば、真冬の夜、公園のベンチで寝ている泥酔者を警察官が見つけたとします。
泥酔者には、行政法上、自分の家に帰る義務なんてありません。
ですので、公園のベンチで寝ていても、警察官に「家に帰れ!」と言われる筋合いはないわけです。
しかし、警察官がこのまま何もせずに放っておいたらどうなるでしょうか?
もしかしたら、この泥酔者は凍え死ぬかも知れません。
そこで、警察官は、泥酔者の生命を守るために緊急の必要があるので、その人の身柄を拘束して、無理やり警察署に連れていって保護したとします。
この警察官のような活動を、行政上の即時強制というのです。
では、次の図表6で、行政上の即時強制のイメージをつかんでおいてください。
【図表6:行政上の即時強制のイメージ】
ちなみに、この行政上の即時強制も、人権を侵害する可能性が非常に高いものです。しかも、義務のない人に対して行うものですから、できるだけ行わない方が良いと考えることができます。
そこで、行政強制の基本・原則は、行政上の強制執行としておき、行政上の即時強制は、例外的なものであると考えられています。
以上、行政強制についてでした。
この分野でも、難しい用語がいっぱい出てきましたね。あせらず,コツコツと憶えて用語に慣れていきましょうね。
(終わり)
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